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おいしいお茶

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2019年3月23日 (土)

茶の栽培


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茶の栽培

 チャは、苗の植付けから摘採出来るようになるまでに4年、安定的な収量を得るまでに7~10年がかかる永年作物で、経済樹齢(経済的寿命)は30年とも50年ともいわれます。チャの栽培は、生葉の収量、品質に大きく関わるだけに、年間をとおした計画的な栽培管理をします。

チャの栽培条件


 お茶を栽培するには栽培に適したいくつかの条件があります。特に「気象」と「土壌」はチャの栽培に大きく影響します。ではどのような気象条件と土壌がチャの栽培に適しているのでしょうか。


(1)チャに適した気象(地理)条件


 わが国では一般的に、年平均気温が14~16℃程度で、降水量が年間1,300mm以上の場所がチャの栽培に適しているとされます。亜熱帯性の作物であるチャの生育は、特に温度条件に左右されます。古くから「香味の良い良質の茶は、比較的冷涼な河川の上・中流域の、朝霧のたつような地域で生産される」と言われます。しかし、山間部のチャは、平坦部と比較すると萌芽が遅く、摘採期が不利な点がある反面、新芽はよく伸び、芽ぞろいも良いことから、品質面に良い影響があります。さらに、新芽の老化が平坦部のものより遅く、呈味成分を長く保っていることから、成分的にも好影響を及ぼしていると考えられます。新潟県村上市と茨城県の大子町を結んだ線付近がおおむね経済的栽培地の北限とされています。
 また、製茶の北限といわれる地域があります。古くから農家の副業として、また自家用としてお茶を生産している地域のことで、伝統的な手揉み製茶の北限は秋田県能代市(檜山茶)、近代的な機械製茶の北限は岩手県陸前高田市(気仙茶)です。そして、栽培の北限は青森県の黒石市で、過去に生産していましたが今は製茶はしていません。最後に植樹の北限で、北海道古平町の禅源寺の庭木にあるチャが、日本最北の茶樹です。


(2)チャに適した土壌条件


 茶園の土壌には、耕土が深く養分に富み、通気性がよく、適度な水分を保持できる土壌が良いとされています。チャは湿害や干害などの水分環境に敏感なため、土壌の透水性、通気性、保水性を兼ね備えていることが重要なポイントとなります。


茶種と品種特性


(1)茶種に適した品種の選定


 チャの品種は、製品に対応して、煎茶用、玉露・碾茶用、釜炒り茶用、紅茶用の4群に分けられます。


(2)品種の特性


 茶樹品種の生育特性としては、早晩生、樹姿、耐寒性、耐病性、収量、品質などがあります。
 ① 早晩生そうばんせい


  チャの品種の早晩生は、品種選択の重要なポイントです。一番茶芽の新芽が摘採適期(出開度50
  ~80%)に達して品質と収量が兼ね備わった時期をもって早晩生を表します。
 ② 樹姿じゅし


  茶樹は横に広がりにくく上に伸びがちな直立型と、横に広がりやすい開帳型、及び中間型の品種が
  あります。


 ③ 耐寒性たいかんせい


  チャは亜熱帯性植物ですので、日本の栽培地帯では生産の安定化のために耐寒性は重要な特性
  です。


 ④ 耐病性たいびょうせい


  最近は農薬散布量を減らすことが求められるので、耐病性品種の導入は大切です。


 ⑤ 収量 


  品種により収量が左右されます。品種には、芽数または芽重に依存するものがあり、それぞれ芽重
  型、芽数型品種と分類されます。


 ⑥ 品質 


  チャは嗜好作物であり、品種に求められる最も重要な特性は品質です。品質は、荒茶の形状、色
  沢、香気、水色、滋味について官能で検討しますが、その中でも重要なのは香気と滋味です。


チャの繁殖法


 茶園の造成は、古くは種子を播種することによって行なわれてきました。しかし、チャは自家不和合性であるため、茶樹の生育が均一でなく、摘採をはじめとする茶園管理に支障をきたすようになりました。明治末期頃から取り木法が試用され、昭和初期に挿木法が実用化されたため、品種の増殖は取り木法から挿木法に移行しました。⇒自家不和合性


チャの栽植方法


 定植の適期は3月です。標準的な茶園は、畝幅は1.8m以上、茶樹と茶樹の間隔は30~45cmです。10aの茶園の畝の長さは約660mありますので、30~45cmの間隔で苗を植えると、10a当たりおよそ1500~2000本の苗木が必要となります。


茶樹の整枝


 整枝は、秋または春の整枝と各茶期摘採後の2種類に大別されます。


(1)秋整枝あきせいし


 摘採面を揃えながら秋に伸びた枝の頂芽を取り除き、一番茶の萌芽を揃えるために行ないます。


(2)春整枝はるせいし


 寒冷地などでは、春、気温が少し上がってきた時期に、秋整枝と同じ要領で行います。


(3)その他の整枝 


 摘採面を揃えて、次の茶期の摘採した新芽の中に、茶の品質を悪化させる古葉や遅れ芽の混入を防
 ぐために行ないます。一般には、遅れ芽が出揃った摘採後7~10日に行ないます。


茶樹の更新


 茶樹は毎年摘採を行うと、次第に枝が細く密生して葉が小形になり開葉数が少なく収量も落ちてきます。また、年々樹高が高くなり、摘採しにくくなってきますので、品質向上と収量維持、作業条件から見た適正な樹高を保つために、枝や芽の状況などを見て株面を刈り落とすこと(剪枝)を更新といいます。更新は剪枝の仕方によって、浅刈り、深刈り、中切り、台切りの4つに分けられます。


気象災害と防ぎ方


 茶園における主な気象災害としては、凍霜害、寒害、干害、潮風害、雹害等があります。その中で最も生産に大きな影響を及ぼすものは凍霜害で、次いで寒害、干害等です。


(1)凍霜害


 萌芽期前後から一番茶の摘採が終わるまでに起こる新芽の低温障害を総称して凍霜害といいます。凍霜害は凍害と霜害を一緒にした表現で、凍害は、風があって霜が降りない状態で気温が下がり新芽が耐えられなくなって生ずる被害、霜害は、晴れて風のない夜に放射冷却により地面近くの気温が下がり、新芽に発生する被害として区別することもあります。


 茶樹は亜熱帯性常緑樹で、耐寒性はそれほど強くありませんが、厳寒期の成葉では-10℃程度までの低温に耐えられます。 しかし、春、気温が上がってくると次第に耐寒性は弱まり、一番茶期の新芽は-2℃でも被害を受けるようになります。


(2)防止法


 防止法には、被覆法、送風法、散水氷結法などがあります。


 ①被覆法


  地表や茶株面から放出される熱を被覆資材で捉え、逆放射により、熱が逃げるのを和らげることに
  よって、茶芽の冷却程度を軽くする方法です。


防霜ファン 


②送風法


  夜間、風がほとんどない放射冷却型の気象条件では、茶株面の温度が放射冷却
  によって低下する反面、逆転層といって地上6~8mの気温が5℃以上も高いところ
  があり、人工的に送風して、上空の暖かい空気を茶株面に吹き降ろして凍霜害を
  防止するのが送風法です。茶産地の茶園には、頂上に扇風機がついた高い柱が
  林立しているのが見えますが、これが防霜ファンです。全国的に最も普及している
  方法で、各種防霜対策実施面積の8割以上を占めています。


 ③散水氷結法


  水1gが氷結するときは80calの潜熱を放出します。毎時1mmの水を散水すれば、氷結潜熱によって
  茶芽は0℃以下には下がりません。この原理を利用した防霜法が散水氷結法です。








川根のお茶や 日本茶インストラクター協会

ーおいしいお茶を求めてー2003年11月開設・現在進行形

2019年3月22日 (金)

日本各地の銘茶



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日本各地の銘茶(主に静岡県以外)


 
 日本の各地には、多くの産地と知られざる銘茶がたくさん存在しています。しかしながら生産量や知名度などによりなかなか流通しないのが現状です。ただ現在はインターネットショッピングなどで手軽に購入できるようにもなりました。そのような、全国的にはまだまだ知られていない日本各地の銘茶をご紹介いたします。(五十音順)

  ⇒静岡県内の主な銘茶のページへ  ⇒都府県別の主な銘茶のページへ



赤石銘茶あかいしめいちゃ

赤石銘茶は愛知・静岡県境、三遠南信地区の長野県側南アルプスの麓、天竜川とその支流が織り成す深い谷あいの自然風土の中で栽培加工された銘茶。この地は、良質なお茶の栽培適地であり、農薬を使用しない自家用として古くからお茶が作られていた。谷が深いゆえに日照時間が短く、昼夜の温度差が大きく礫混じりの坂の畑、朝夕の川霜が新芽をしっとりと包み育む豊かな自然環境がある。

朝宮茶あさみやちゃ

志賀県信楽町西南部の朝宮地区で生産される茶。朝宮は古くから滋賀県の主要産地に1つで、かつて五代銘茶の産地の1つとされた。海抜400メートル程度の山間地はまさに山紫水明の地で朝霧夜霧の地でここで生産される朝宮茶の香りは日本一といわれている。朝宮茶の特長は、「昔なつかしいような素朴な山の香り」「はじめは少し渋いけど、やがて甘味を感じるすがすがしい後口」「黒くて大柄だけど艶のある茶葉」「昔ながらの黄金色の水色」などがあげられる。
朝比奈玉露あさひなぎょくろ

静岡県岡部町で産する玉露。玉露三大産地のひとつ、朝比奈岡部は京都(宇治)、福岡(八女)とならんで日本三大産地に数えられる。 朝比奈玉露の発祥は比較的新しく明治20年ごろ、晩霜を防ぐためにワラをかけたのが始まりと言われている。岡部町を南北に流れる朝比奈川の清流と山間地特有の寒冷清涼な気象条件が相まって玉露や、玉露と煎茶の中間の「かぶせ茶」の栽培が盛んになった。
足柄茶あしがらちゃ

神奈川県の丹沢箱根山麓一帯の足柄地区で生産されるお茶で、関東大震災の災害復興策として始まる。その気候や風土がお茶の栽培に最適であるという調査団の報告に基づき、村をあげて茶の導入を決定した経緯がある。霧深い気候と清らかな水に恵まれて育まれた足柄茶は、ふくよかな「香り」と深い「コク」がある。宝永4(1707)年の富士山大噴火以前から、この地域には茶畑があったともいわれている。
足久保茶あしくぼちゃ

静岡市北郊の足久保川(安倍川支流)に沿う、良質なお茶の栽培に昼夜の大きな温度差とわきたつ霧が直射日光を遮り天然の覆いとなるまさに銘茶の産地。茶産地としての成立時期は未詳。鎌倉時代の仁治2(1241)年、聖一国師が中国から茶の種を持ち帰って蒔いたのが始まりし静岡茶発祥の地する伝承があるが、確かな記録は無い。延宝9(1681)年以降暫くの間、当地産の煎茶が徳川将軍家御用達の茶だった時期もある。
飯南茶いいなんちゃ

三重県松阪市飯南町は、山に囲まれ昼夜の寒暖差が甘味のあるお茶を育み、収穫時期には香り、風味贅沢な仕上がりとなる。飯南町の中心を櫛田川が流れ、とってもよい環境ですある。深蒸茶が主に栽培されている。


揖斐茶いびちゃ

岐阜県JR大垣駅から北西へ10キロほどに位置する揖斐郡池田町は、美濃揖斐茶 の主産地として有名。 揖斐川近くの、池田山の南側にお茶畑 が広がっている。

色川茶いろかわちゃ

奈良県の熊野名産「色川茶」は紀伊山脈の南端斜面に位置する色川地域で栽培されている。暖かな気候風土がはぐくんだ円やかな風味は人気が高く、また本州で最も速く摘まれる緑茶として知られており、地元はもとより関東・関西地方でも即売会などで販売されている。

因尾茶いんびちゃ

大分県の本匠村は、番匠川の源流に位置し、豊かな自然の中で、栽培された因尾茶は、香り高くて、コクが有り、サッパリした味が特長。昔ながらの平釜を使った製法で、俗に「釜茶」と呼ばれており、良質茶の産地としての伝統を守り続けている。

嬉野茶うれしのちゃ

佐賀県嬉野町一帯で生産される釜炒り茶。永享12(1440)年の唐人による茶の生産や永正年間(1504~1421)の明人による釜炒り技法の伝播の伝承を持つが、産業化は佐賀藩の吉村新兵衛に始まるという。いぶし銀のような緑色で、形は丸型、玉状である。釜炒り茶特有の香りがあり、水色は黄金色で、あっさりと飲みやすい味である。釜で炒る中国式製法で作られている緑茶は、現在の日本では青柳茶と嬉野茶のみである。
頴娃茶えいちゃ

鹿児島県の薩南台地にある頴娃町で採れるお茶。名実ともに日本一を目指す頴娃町のお茶は、年々栽培面積を増やし平成17年の栽培面積は1,750haとなり、生葉生産量では、頴娃町だけで全国の約7%のシェアを誇る基幹作物となっている。生産品種はやぶきたが45%程度ゆたかみどりが25%。
大台茶おおだいちゃ

大台山系から流れる宮川のほとりの三重県大台町で生産製造されお茶。大台茶は八百年の歴史がある。特徴は葉肉が厚く、一煎目はもちろんのこと、二煎目、三煎目でもコクと香りを失わない。少量ではあるが、在来種の生産農家があり、香りの良さを生かした紅茶の生産も行われている。


奥久慈茶おくくじちゃ

茨城県北部の山間地にある大子町は、新潟県の村上市と同様、お茶の生産できる地域の経済的北限のお茶産地。いまから約400年前、慶長年間に左貫(さぬき)の西福寺(さいふくじ)を開いた石附兵治(いしづきへいじ)が宇治茶の苗木を持ち帰り、植え付けたのが始まりと言われている。低温多雨の気候と冬の寒さの中で育った奥久慈茶は、水色が濃く、香りも強いお茶で、その味は渋みが強くそれでいてコクがある。

香肌茶かおるはだちゃ

三重県飯高町で産する茶。大谷嘉兵衛翁生誕地の川俣茶の起源は定かではないが、京の高僧、明恵上人から直々に伝授されたと伝えられている。江戸時代には、八代将軍吉宗に献上し、愛飲されたほどの実力をつけた茶であった。川俣茶は煎茶としての歴史を刻んで来たが、伝統的な技術に更に磨きをかけ、お茶の持つ特性を引き出し、まろやかな味と香り、豊かな水色を追求し、深蒸し煎茶としての銘茶、「川俣茶」が生まれた。このブランド品の川俣茶を現在、「香肌茶」を呼んでいる。櫛田川流域が香肌峡と言われるようになったのは、山紫水明、風光明媚な地域にあって、香のよい産物が多く産出されることにもよる。

亀山茶かめやまちゃ

三重県亀山市は内陸山岳畑の温暖な気候と豊かな土質に恵まれ、上品で濃厚な味わいと香りの良質茶を生み出してる。亀山茶ソフトクリームや亀山茶サブレなどの関連商品の開発にも力を入れている。
久万茶く まちゃ

愛媛県久万高原町は、四国山地の山懐に抱かれた水清らかな緑あふれる高原の町で、寛永12年(1635年)に着任した初代松山藩主松平定行が宇治より茶の実を取り寄せて生産を奨励したのがはじまりと言われる。昼夜の温度差が大きく、朝夕霧に覆われる土地柄から、こくと甘みのあるお茶ができる。


気仙茶けせんちゃ

岩手県沿岸南部の気仙地方では、江戸時代からお茶の栽培が行われ、そのお茶は「気仙茶」と呼ばれている。気仙地方では、現在も数百戸で茶樹が栽培されていて(ほとんどが自家消費)、農協では製茶工場も持っており、まとまった量の生産がある茶産地としては、日本の北限と言えよう。茶樹は、各農家で畑の土留めなどや自家消費用に少し植えているもので、大量の販売を前提とするお茶ではない。また、茶樹も樹齢が高いものが多く、樹齢100年近い茶樹も多く残っている。作りは、蒸し製の緑茶が主で、茶葉が大きく、茶葉の味わいに力がある。

猿島茶さしまちゃ

茨城県旧猿島地区で採れる茶。起源は13世紀初頭といわれる。冬から春先にかけて、「猿島の空っ風」と呼ばれる北西風が吹くこの地域では、作物を守り土壌浸食を防ぐために、畑の境界に茶を植えていた。本格的な猿島茶の栽培が始まったのは江戸時代後期で、境町の野村佐平治と坂東市(岩井)の中山元成はその功労者である。2人はともに文化・文政時代に生まれ明治に没した「茶天狗」(当時のお茶に情熱を注ぐ人の呼称)で、天保の大飢饉に苦しむ農民を救済しようと、それぞれ宇治の製茶を手本に猿島茶の改良に努めた。その努力が実り、江戸で猿島茶が売れるようになり、さらに中山元成は、1859年、日米修好通商条約締結の翌年に猿島茶を輸出したのである。県内で一番多く生産されている「猿島茶」は、改良に改良を重ね香りが強くコクがあるのが特徴。
白川茶しらかわちゃ

白川茶の歴史は古く、600年前にも遡る。東濃地方の岐阜県加茂郡東白川村と白川町で最も多く生産されているが中でも東白川村の山間地域には毎年新茶シーズンになると静岡の大手製茶問屋が買い付けにくる程の高級茶を生産する産地が分布している。岐阜県白川の地は「深山幽谷にして朝夕川霧多く、空気は常に湿気を含み、表土能く乾燥する」と表されるように、その山間地域には近くを流れる飛騨川の支流から赤土の茶畑に朝霧が運ばれ昼と夜との高い温度差の中で程よい光を浴びながら新芽がじっくりと育てられるという茶栽培には最適の自然環境があり茶葉は色が濃く香りが高いのが特徴。そのため、江戸時代より藩へ御用茶を献上するなど、良質の茶の産地として栄えてきた。
新宮茶しんぐうちゃ

愛媛県四国中央市新宮町(旧宇摩郡新宮村)は高地で朝霧、夕霧が発生し、朝晩の温度差が大きく、茶に適した気候とお茶の香りを良くする緑泥片岩が多く含まれる土質に恵まれ、山野にはヤマチャが自生し、古くから手もみや日乾ばん茶など製茶が盛んであったとされる。現在では栽培面積約40ha余の茶産地となっている。香り日本一と評される山峡独特の香気と強い滋味で、全国各地のお茶通から好評を得てる。


新城茶しんしろちゃ

愛知県新城市は、温暖多雨な気候のもと茶の栽培が盛んで、新城茶のブランド名のもとに、量から質の良い優良茶へと順次栽培形態を変え、現在では静岡茶市場において新城茶の名声は非常に高いものがある。品種は「やぶきた」が90%以上を占め、県下一の煎茶生産量を誇る。

水沢茶すいざわちゃ

三重県は、日本の中央部に位置し、栽培面積・生産量・生産額ともに静岡県・鹿児島県に次いで全国3位のお茶の生産地。三重県で作られるお茶を「伊勢茶」と呼び、その中でも水沢で育ったお茶を水沢茶(すいざわちゃ)と呼ぶ。水沢茶は、煎茶・かぶせ茶・深蒸し茶が多く生産されている。

鈴鹿茶すずかちゃ

三重県はF1で有名な鈴鹿市中央部を流れる鈴鹿川の支流・御幣川と内部川の清流、新緑に包まれた鈴鹿連峰、その山間から湧きたつ朝霧など恵まれた自然環境風土のもとで良質な茶が生産されている。特徴は「かぶせ茶」で、玉露に似た方法で生産され、うま味成分が多く渋みの少ないお茶。

世知原茶 せちはらちゃ

佐賀県・長崎県佐世保市世知原地域は高冷地で降雨量が多く、玄武岩土壌で茶樹の育成に最適な土地である。世知原地域の茶栽培農家は106戸(平成17年調査)で、茶種は蒸製玉緑茶。明治28年に近隣の旧6村が共同で工場を作り、外部から技術者を招き製茶法を学び、輸出用の茶を作ったのが世知原茶の始まりといわれる。


仙霊茶せんれいちゃ

兵庫県神崎郡は奥播磨に位置し、茶農家約40戸で10ヘクタール余り栽培されている。「仙霊茶」の由来は今から約270年前、享保元年に粟賀の里、生蓮寺の住職であった6代目海印和尚が、住人にお茶を植えるよう奨めたのが始まりとされている。その後当地から出る上品なお茶に、京の都宮中宝鏡寺の宮様からこのお茶を「仙霊茶」と命名され、その後毎年、禁中にお茶を献上したと言い伝えられている。

高瀬茶たかせちゃ

高瀬茶は、茶の生産に最適な気候風土に恵まれた香川県の高瀬地区の山間でつくられ、適度な甘み、渋み、苦味があり、県内では高級茶の産地として銘柄を確立している。

岳間茶たけまちゃ

熊本県は菊池川の源流岳間川の渓谷に産する岳間茶の歴史は古く、寛永初期の頃(1634年)頃から記録されている。肥後の城主細川忠利公により認められて以後、代々細川藩主の御前茶として用いられた。製法は、明治に入り釜炒茶から蒸製に変わり、海外にまで輸出する程の隆盛を極めた。深い山脈から処々に湧き出ずる岩清水は、朝霧とともに谷間の空気を潤し、木々の若葉と花の香りに包まれ、この地ならではの気候風土の中で、独特な香気と自然の風味をかもし出すお茶として有名。

丹波茶たんばちゃ

兵庫県内随一の茶どころとして有名な篠山市味間奥では、大化年間(645~649)から丹波茶として栽培され、特に江戸時代に茶園造成が盛んとなり、その後品種改良が進められ、県下の主産地として良質茶が生産されている。丹波の昼夜の温度差の激しさ、霧の多さ等の気候風土が良質茶の生産に適している。まったりと重みのあるお茶。
知覧茶ちらんちゃ

鹿児島県知覧町は、薩摩半島の南部中央に位置し、南は東シナ海に面し、北は母ケ岳・後岳などの山々が連なり、中央には平坦な大地が広がっている。知覧茶の起源は、平家の落人が北部山間地の手蓑地区に、茶栽培を始めたと言われている。本格的な栽培は、明治五年山野を開墾し、茶の実を種させたのが始まりとされ、北部地域では、山間冷涼で上級茶生産地帯。中南部地域は、温暖で土地基盤整備が確立し、大型機械化体系による、低コスト良質茶生産地帯として安定生産されている。

月ヶ瀬茶つきがせちゃ

奈良県月ヶ瀬は奈良県の東北端に位置し、京都府と三重県に隣接する標高約300mの丘陵地帯。村の中央部を淀川の支流である名張川が流れ、かつては月が瀬に映ったことが名前の由来とされている。このように山間の渓谷に沿った排水良好で、雲霧の多い日照の穏やかな月ヶ瀬でつくられる煎茶は、香気と味が優れており、気候・土質・地形などの自然条件が茶栽培に適している。月ヶ瀬茶は平安時代に空海が唐から茶の実を持ち帰ったのが始まりとされ、京都の武士や朝廷にも供給し続けてきた由緒と伝統のある茶栽培地帯である。


土山茶つちやまちゃ

土山茶は滋賀県の甲賀市・土山に広がる標高300メートルの丘陵地で栽培されている。しかし「土山」「信楽」「宇治」の一帯は地続きの関係にあり、古くから京都で集荷され、「宇治茶」として販売されてきた。そのため「土山茶」としてはあまり知られていない。この一帯は一日の気温格差が大きいため霧が発生しやすく、また、鈴鹿山系の伏流水に恵まれ、「茶づくり」には理想的な土地柄である 。

土佐茶とさちゃ

高知県の山間部でつくられる茶。仁淀川町や高知市土佐山、四万十町など急峻な山と深い谷の多い地形は昼夜の温度差が大きく、霧が発生しやすいので、お茶の栽培には最適。日照時間が長いとタンニンの苦みが多くなるが、土佐茶は日の出が遅く、日没が早い山の斜面で育つため、苦みが少ない。

西尾茶にしおちゃ

愛知県の西尾は、碾茶(抹茶の原材料)の全国生産量の約20%を占め 日本有数の生産地。市の北西部の矢作川左岸一帯にある小高い丘陵地を稲荷山茶園といい、約100ヘクタールにも及ぶ茶畑が続いている。この稲荷山茶園と他の茶園と合わせると市全体では149ヘクタールになる。稲荷山一帯の土地は水はけの良い砂が混ざった赤土の層となっている地質であるため、てん茶に必要な艶のある葉をつくるのに適していて、さらに矢作川の流れに沿って常に適当な湿度が茶畑一帯を覆っていることなどが茶の栽培に適している。
古内茶ふるうちちゃ

茨城県城里町常北地区の西部から東部を横断するように流れる藤井川。古内地区には、この清流に沿うように茶畑が広がっている。古内茶は、奥久慈茶・猿島茶と並んで茨城三大銘茶に数えられている。1390年頃から栽培が始まり、鶏足(とりあし)山塊の丘陵に茶園が広がる。およそ20の工場から、関東一円にお茶が出荷され、定着した人気を誇っている。
肥後茶ひごちゃ

主産地は九州山脈の深山渓谷から球磨盆地にわたる山間部で栽培されている。 茶葉が丸みを帯びた形状をした玉緑茶の多い産地で、蒸し製の玉緑茶が主流ですが釜炒り製のもの伝承されている。他に、煎茶も生産されている。お渋味が少なく、あと味がさっぱりとしているのが特徴。加藤清正が山茶を年貢として納めることを認め、茶の生産を奨励したのが始まりといわれる。
防長茶ぼうちょうちゃ

山口県内におけるお茶の栽培の起源は約六百年前といわれ、江戸時代には、長州藩が振興策を講じたため、栽培は県内各地に広く普及し、明治期には広く知られていた。現在の山口茶は、昭和40年代に本格的な取り組みが始まり、現在では、宇部市小野をはじめ、楠町、美和町、新南陽市、徳山市などで香りの高い、こくのあるお茶の生産が行われている。
本山茶ほんやまちゃ

静岡県産の銘柄茶の1つ。安倍川上流域の山間部で生産され、品質の良いことで知られている。かつては安倍茶とも呼ばれた。


政所茶まんどころちゃ

滋賀県 琵琶湖の東部、山間にある政所。『宇治は茶所、茶は政所』と詠われる茶所茶は、室町時代、三重との県境 鈴鹿山脈を源流とする愛知川(えちがわ)の水の恵みと霧の作用に薬用効果を見出したところから栽培が始まったとされている。今では全国の茶園の大多数で栽培されている茶の代表品種「やぶきた」とは異なり現在では希少品種となった在来種を栽培している。その香気とのど越しの良さは他に類がないと言われている。

三河茶みかわちゃ

愛知県奥三河国定公園大千瀬川の清流にはぐくまれた香り高く、味わい深いお茶。 地域の特徴として、西三河地域ではてん茶(抹茶の原料となるもの)、東三河地域では主に普通煎茶が栽培されている。

都城茶みやこのじょうちゃ

周囲を山々に囲まれた宮崎県都城市では霧が多く見られる。この優しい霧に包まれて育った都城茶は、鮮やかな色と薫り、高い味わいが特徴。

母子茶もうしちゃ

兵庫県三田市の最北端にある小さな村が母子である。標高450mの農村地で、一日の寒暖の差を利用したお茶の産地として有名。この母子から、北にすぐ美濃坂峠があって、これを越えると篠山市の城下町が眼下に広がるという土地柄である。約六百年前には、近くに永澤寺が開かれ、そこの僧が中国から伝えたお茶が”母子茶”の始まり、といわれている。
桃生茶ものうちゃ

宮城県石巻市(旧桃生町)北上川流域の丘陵に栽培され、仙台藩主・伊達政宗公の時代から栽培されている“北限の茶”。静岡や狭山よりも北に位置しているため、立春から百八日頃が摘み取りに適しているので、百八茶とも呼ばれ、縁起のよいお茶と珍重されている。
耶馬溪茶やばけいちゃ

耶馬溪茶は大分県中津市の山間地の谷間で生産されている。茶園は朝霧に包まれることが多く昼夜温度の格差が大きい中で新芽が育つことから、味はまろやかで深みがあり、香り高いのが特長。


矢部茶やべちゃ


熊本市内から車で約1時間にある矢部地区(山都町)で産す茶。殆どの茶園が「手摘み」製法で行っている。手間隙をかけ、1年に1回のみ摘採園が多い。通常のお茶は「お茶の葉を蒸して作る」が、矢部茶は「釜入り茶」と言って大きな釜で入って作る。


大和茶やまとちゃ

大和茶は奈良市の東方に連なる丘陵山間地で栽培され、煎茶の栽培が主流で一番茶と二番茶しか摘み取らず、他の産地に比べて茶質が肉厚で濃く抽出される。また、明恵上人によって銘園と指定された大和茶の歴史は、一説には宇治よりも古いと言われいる。


度会茶わたらいちゃ

三重県伊勢は、古くから銘茶の産地として名高く、伊勢の国の中でも度会町は、平成15年度には日本一の清流に選ばれた宮川が流れ、昼夜の温度差が大きいため、霧に包まれることの多い。そうしたお茶に適した自然条件が、香り良く、味の濃い美味しい度会茶を育んでいる。

和束茶わづかちゃ

京都府和束町は約600haもの茶畑に囲まれ、京都府内第1位の煎茶生産量を誇る。鎌倉時代に海住山寺(加茂町)にいた高僧「慈 心上人」が茶業興隆の祖といわれる「栂尾の明恵上人」から茶の実を分けてもらい植えたのが始まりと伝えられる。
 





川根のお茶や 日本茶インストラクター協会


おいしいお茶を求めてー2003年11月開設・現在進行形


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